にっき

いろいろ考えます

11月19日

 

一昨日くらいからたくみんが来ていたので朝起きてもたくみんがいた。9時ごろに一度目が覚め、その後二度寝して10時に目が覚め、たくみんを起こそうと試みたものの起きなかったので三度寝をして結局11時20分に起きた。

12時までにゲオにDVDを返さなければいけなかったので、たくみんとゲオに向かった。外に出ると恐ろしいほどいい天気で非常に清々しくてうれしい気分になった。最近たくみんと遊びすぎているため特に話すことがなく、道中はほぼ無言だった気がする。でも、ゲオに着く直前にクリスマスリースを玄関ドアに飾っている一軒家を見たたくみんが何かを言ったきっかけで将来の家庭の話になり「俺は将来節分の豆まきの時鬼になって、子供をギャーギャー泣かせて、終わったあとお面とってお父さんだよ〜ってやってもギャーギャー泣かれて、結局それから3日ぐらい怖がられるの」的なことをたくみんが言った。それを聞いて、もし仮に自分がたくみんの息子として生まれていたら、ものすごくパパっ子になっただろうな、とか娘だったらお父さんのことは大好きなんだけどちょっと距離のある父娘関係を築くことになるんだろうな、とかそういうようなことを考えた気がする。

ゲオでDVDを返却して、新たにスイート17モンスターを借りた。ゲオにはヤングアダルトニューヨークもあって、来週はそれを借りようと思った。それから歩いて北口へ行き、本当はうどんを食べるつもりだったのだけど、うどん屋を探すのが面倒になった瞬間パンコントマテの看板が目に入って、うどんの気分になっていたたくみんに無理を言ってパンコントマテであさりのパスタを食べた。先週扁桃腺炎による高熱でほぼものが食べられなかった影響からいまでも食が細くなりがち(でも酒を飲んでると割と食べられる)なので、3/2ぐらいで限界が訪れて、残りはたくみんに食べてもらった。たくみんは「夢だったんだよな、子供が食べ残したの食べてあげるやつ」などと言いながら食べてくれた。どれだけ将来の子供の話するねんと思った。食後のコーヒーにコーヒーフレッシュと大量の砂糖を入れたら叱られて、久々に人から叱られたことに感動した。

私の母親が私を叱る時は基本的に「あんたええ加減にしいや」とか「ええ加減にしなさい」と言った。幼い時から母親に叱られる時のタイミングが私にはあまり読めなくて、叱られている時、なぜ自分が叱られているのかわからないままに母親からまくし立てられ、なぜ叱られているのかわからないので反論もままならず、ひたすらに悔しかった思い出が数多くある。今思えば自分に非があることが多かったのだが、当時の私としてはよくわからない場面で叱られてばかりだった。例えば、目玉焼きを焼くのを失敗した時に、ウジウジと悲しみに浸っていたら、唐突に母親からの「あんたいい加減にしいや」が飛んで来たことがあった。記憶が定かではないが、おそらく母親も最初のうちは慰めてくれていたのだと思う。しかし、私があまりにもしつこくウジウジとしていたので堪忍袋の尾が切れたのだろう。今ならわかる。しかし、当時の私としては勝手に悲しんでいたら先程まで慰めてくれていた母親から急に「いい加減にしろ、そんな態度で居られたら見てるこっちが不快だ!」と言われ、訳がわからないまままくし立てられて、反論もままならず、ただでさえ悲しいのに叱られてまた悲しく、さらに反論できなくて悔しく、理不尽だと思いながらビービー泣く以外の選択肢がなかった。母親がなぜ自分を叱るのか(それも落ち込んでいる時に)わかったのは、大学進学を機に上京してしばらく経つ頃だった。私は落ち込んだ時のウジウジが半端なくしつこくて、事が起きてから3時間は軽く引きずって悲しみや後悔に浸るタイプだった。しかも、他人からするとかなりどうでもいい事でそれをやるので、母親がイラつくのも納得である。上京して、必ずしも味方ではない大人や友人と渡り合っていく上で見事に精神的な図太さが身についてしまった私は、やっとそのことに気付いたのだった。

それから家に帰って先日借りたDVDを見た。割と単調な映画だったのでたくみんは途中で飽きたらしくギターを弾き始めた。恐らくたくみんが前にやっていたバンドの曲とか、多分ラカンターズのやつとか。こっちは映画見てんだけどなあ、と思って一度うるさいと言ったが辞めなかったので諦めた。たくみんは映画がつまんなかったと言っていて、その時は私も同意したのだが、今思うと悪くない映画かもしれない。

それから、たくみんが唐突に鯛茶漬けを食べたいと言い出したので、パルコに釜めし屋ならあるよ、と教えると食べたいと言うので一緒に行って夕飯を済ませた。釜めしが出てくるまでにかなり時間がかかったのだが、話す事がないので、タバコを吸ったり、久々にインストールしたキャンディクラッシュをして時間を潰した。案の定釜めしも完食ならず(惜しいところまでは行った)、またたくみんに食べてもらった。

釜めし屋を出て、たくみんを見送って、家に帰ってぼーっとネットサーフィンをしたり軽く掃除をしたりしていたらあっという間にこんな時間になっていた。早くシャワーを浴びて寝ないと。

11月13日

 

 

7時に起きたものの、そのままずるずると寝てしまい11時48分に起床した。

学校へ向かう道中聞いていた、the Big Moonのformidableという曲がなぜかものすごく心に刺さって、今日一日中聞く羽目になった。

まず体育実技(ゴルフ)の授業をやり過ごし、早めに終わったので学校のコンビニで500ml缶のコーラを買って飲みながら文芸棟へ向かった。その道中、ジョージに会った。ジョージは日常生活において私よりも頭を使っていなさそうな男の子で、なかなか良い体をしている。手を振ると、「ああ、なっちゃん」と言っていた。

文芸学科はゼミ誌の締め切りシーズンの文芸棟であったが、いつもとなんら変わらない雰囲気を漂わせており、さすが文芸学科、などと思っていた。ゼミは雑談をしているといつのまにか終わっており、電車で帰る道中永田さんとラインをしていると一緒に映画を観に行くことになったので、一度家に帰って化粧をしてから有楽町に向かった。

シネスイッチで『婚約者の友人』を見て、高架下の居酒屋で映画の感想などを言い合った。

これはわたしの悪い癖なのだが、別れ際になると途端に寂しくなってしまった。これが女の子相手であると、甘えた口調で「朝まで飲もうよ〜」と言ってしまいがちなのだが、相手は一応社会人の健全な青年なので、グッとこらえて有楽町線のホームへ向かうエスカレーターに乗り込んで、振り向きさえしなかった。別れ際に振り向けない女なのだ、私は。振り向くなんて真似をしてしまえば、相手が誰であろうが(例え「生理的に無理」というカテゴライズの男性であろうと)寂しくて寂しくて泣きそうになってしまうためである。本当に人と別れるのが苦手だ。

そうして有楽町線に乗り込んだ。しかし永田町あたりで尿意を催し、池袋で我慢できず下車してトイレに行った。そうしていま池袋線に乗って帰っている。駅に着いたら、たくみんにでも電話をしようか迷うところだが、他人との別れ際で発生した寂しさをたくみんで発散させるなんて、最低なやり口なのでどうしようか迷う。しかも一昨日も寂しさをやりきれずにたくみんを利用したばかりである。いいかげんこんなこと馬鹿っぽいのでやめたいのだが、寂しさが我慢できないし、それ以上に永田さんに対してものすごい無の境地であったことを報告したい(楽しかったけど)。どうしようか迷いつつ、今日こそ1時には寝たいとは思う。

それにしても、ひさびさに飲んだビールとハイボールは驚くほどに美味かった。

 

 

11月12日

 

 

眠れないので日記を書く。

 

12時47分に起きた。

お腹が空いたのでインスタントのカレーうどんを食べた。インスタントのうどんは明らかにうどんじゃないのだが、なんだかおいしい。そのあとにぶどうのゼリーを食べたが、異様に舌が痺れた。

その後、ついに発見した抗生物質を飲んだ。抗生物質を飲み始めてから、喉の痛みが引いたものの、液体を飲み込むときに左側の扁桃腺にしみていたい。そのため、できるだけ右側に飲み込むようにしている。普段ボケーっと生きていると気づかないが、人間は液体を片側に寄せて飲み込むことができるのだ。ちょっとびっくり。

その後、昨日借りてきた『メリーに首ったけ』を見た。可愛いキャメロンディアスがみたかっただけなのだが、高校時代のベンスティラーがかなり気持ち悪くて好きだった。

メリーを見終わると、急激に動きたくなったので、同じく昨日借りてきた『おいしい生活』を見ながら姿見を拭いて、リビングを軽く片付けた。途中からヒューグラントがウザくてウザくてしたかがなかったが、あの見た目なので許せた。出てくるクッキーがあまり美味しくなさそう(というかそもそもそんなにフューチャーされない)で、ウディアレンの食への関心のなさが窺い知れた気がする。やっぱり私はウディアレンもしくはほぼウディアレン役の俳優がダラダラと他人を見下した発言をしているもののほうが好きだ。でも、チェリーシナモンクッキーのレシピはちょっと欲しい。というか、私もクッキー屋がやりたい。粉を捏ねて丸めて潰して焼いて並べて売って……やりたい。そういえば実家にいたときはよくアメリカンクッキーを焼いていた。そういえば小さい頃はクッキーが嫌いだった。家の近くに地元では有名なケーキ屋および工場があって、その工場の前で工場の中を覗いていると、クッキーがもらえると友達に教えられ、その友達と一緒に見ていると案の定クッキーをもらえたのだが、私はクッキーが嫌いだったので食べずに家に持って帰った。味と食感がどうしても嫌いで、クッキーよりもマリービスケットのほうが好きだった。でも今は別に嫌いではない。大人になってしまったのだ。

おいしい生活を見終わると、ふいに寂しくなったので、この寂しさに負けてはいけない、と踏ん張って、殻付きなのに中が塩味のゆで卵の作り方を検索して作った。塩が切れた。

それから洗濯をした。今回風邪をひいた最大の理由は暖房で乾燥しきった部屋で寝たことだと思われるので、部屋の湿度を保つように室内干しをしようと試みたが、邪魔だったので結局外に干した。

それから風呂に入りながら友達と電話した。1時間ぐらい話したのになにを話したのかほとんど覚えていない。ああ、でも、サトウミホの話をしたのは覚えている。サトウミホと最近飲んだ時に、サトウミホにびっくり人間扱いされたことにびっくりした、という話をした。ちょっとウケたので嬉しかった。そういえばかなり前にサトウミホとハプニングバーに行く約束をしたのにまだ遂行されていない。でも正直サトウミホがセックスしているとこはみたくないしサトウミホにセックスしているとこをみられたくないわたしはあまりハプバー向きではないと思う。あと性病だし。

それから、体の手入れをした。いつもは皮膚科で処方された塗り薬しか塗っていないのだが、今日は乾燥が気になったのでホホバオイルも塗っておいた。肌がモチモチする。

そして今に至る。眠くなってきた。

 

11月9日

 

 

熱が下がらない。昨日から38〜39度を行ったり来たりしている。おそらく扁桃腺炎で、前にもらった抗生物質を探せば熱も下がって一発で元気になるのはわかっているのだけれど、それを探す気力はない。第二次世界大戦後の東京(焼け野原)みたいな我が家中をひっくり返して薬を探す元気はなくても、昨日はバイトへ行き、今日はバイト先の子と映画を見てきたのだから、褒めて欲しい。褒められたものかは果てしなく謎であるが。正直昨日の昼間の時点では熱は下がっていたし、バイトへ行く道中は埼京線に殺されそうになってはいたものの、タイムカードを押して体を動かしていれば気が紛れた。あと、事務所にあった風邪薬がてきめんに効いた。しかし、その無理が祟ったのか今日は朝になっても体温が38度を下回ることなく、体の節々もギシギシと痛んだ。金子に連絡すると、「また風邪引いてんの?」と呆れられた。病院へ行く気力が湧かないのだ。以前、病院へ行くのをさぼって放置していたら体温が40度を超えてしまい、金子に付き添われて病院へ行って点滴をしてもらった前科がある身としては、報告するのに少し勇気を必要としたけれど、ベッドから起き上がれず、テレビのチャンネルを変えることすら億劫で不本意ながらグッディを見る羽目になって寂しさがこみ上げてきてしまったので、勇気を振り絞ってラインをしたのだ。

それから3時間ほど眠ると、寒気がなくなったのでベッドから出てイブクイック頭痛薬を飲んだ。この手の薬は熱を下げてくれるので、ありがたや、ありがたや、と思いつつ2錠飲んだ。それからシャワーを浴びて、化粧をして、新宿に向かった。バイト先の子と映画を見る(その前にご飯を食べる)約束をしていたのだ。新宿まで向かう道中は、イブプロフェンサンキューベリーマッチ、ちょっとした寒気だけで済んだけど、その子のリクエストでねぎしのしろたんを食べると、胃が悲鳴を上げ始めた。結論から言うと、その次に行ったカフェでタバコを吸うと、猛烈な吐き気に襲われて拒食症のモデルみたいに口に手を突っ込んで吐いた。便器に浮かんだ何らかの葉っぱのお漬物がアメーバみたいだった。しばらくトイレで悪戦苦闘しているうちに、わたしが注文したカフェモカが運ばれてきていたようで、席に戻るとご丁寧にマシュマロまでついた、ほぼココアじゃねえかこれ、と言うレベルのココア含有量を誇るカフェモカが運ばれて来ていた。もうわたしの胃は限界だったので、隣に座っていたハイライズパンツを履いているのに背中が見えている女に向かって吐き出しそうになりつつも半分くらいは飲んだ。もうココアの味が漢方の薬のように思えて、などとカフェモカなんか頼むものか、ていうかなんで私カフェモカ頼んだんだ、馬鹿じゃねえのなど考えつつ、私は今月号のポパイ(映画とドーナツ)を読んで、バイト先の子は私がポパイを読み終わる間に装苑とニヨンを読んでいた。そして私がカーサブルータスをパラパラとめくって、あまり興味を惹かれずに読み終えてボケーっと携帯をいじったり密かにげっぷをしたりしている間に、バイト先の子はニヨンと入れ替えに持ってきたギンザを読んでいた。その子がギンザを読み終えたあと、紆余曲折ありつつバルト9へたどり着いて『彼女がその名を知らない鳥たち』を見た。夏にシナリオ年鑑に載っていた『日本で一番悪い奴ら』のシナリオ(映画自体は未見)がものすごく面白かったので、まあまあ期待したのだけど、観客を馬鹿にしているのか、と思うほどに説明しすぎで、蒼井優の演技はすごいものの、黒沢清かよっていう照明とか、スローモーションの多用とか、何から何まで私好みでなかった。簡単に見ている時の心情を説明すると、「蒼井優がすごいのはもうわかった、もうわかった……お、松坂桃李も意外と………あ!アカン!! 竹野内豊全然カッコよくないやんどうしたん!! 阿部サダヲ怖くしすぎ、怖くしすぎ………ああ、なるほど確かに愛だね……阿部サダヲいいやん……いや最終的に回想か!マジか!」って感じだった。あと、この映画のトレーラーか何かで「共感度0パーセント」「登場人物すべてクズ」というような触れ込みがあったような気がしたのだけど、個人的にみんなそこまでクズじゃないしそれなりに共感してしまった。元々そこまで私好みじゃない予感はしていたので、ならそもそも見るなや、って話だなあ、と今思った。なんで見ようと思ったのだろう……でも、個人的に阿部サダヲをキモいと罵る蒼井優はサイコーだしチョー共感だった。わかるああいう男マジでキモい。松坂桃李に会った日に阿部サダヲに手マンされるのもチョー共感だった。この蒼井優をクズと呼ぶのならば全人類の女性の4割ぐらいはクズだと思う。

そんなこんなで家に帰ってきて、体調がめちゃくちゃ悪くて、でもなんか日記が書きたかった(というかしんどくて眠れない)ので、今書いた。永田さんから久々にラインが来たのだが、都合のいい時だけ連絡してくる男拒絶モード(竹野内豊松坂桃李がキモすぎた)なので、ブロックした。おわり。本が読みたい。

11月6日

 

 

眠れないので日記を書こうと思って、今書いている。

先程までアマゾンプライムでフリーバッグを見ていた。フィービー・ウォーラー=ブリッジは確実に友達になれないタイプの人間だ。

その前はフリーバッグを見ながらお風呂に入った。そろそろ大規模な風呂掃除をしたい。

その前はベッドでフリーバッグを見ていた。

その前は昨日から今日にかけて書いた小説を各SNSでシェアした。こういうことを恥ずかしいと思わなくなる日が来るとはとても信じられない心境だな、とか考えていた。

その前はフィービー・ウォーラー=ブリッジクラッシングの6話を見た。

その前は晩御飯(チョレギサラダとおにぎりと枝豆とゆで卵と金麦)を食べた。まともなものが食べたくなって、明日はきちんとタイカレーと春雨サラダを作ろうと決意した。

その前は長らく溜めていた郵便物の整理をした。私が探していた8月分の電気代の支払い用紙と、もはやいつから払っていないのか不明な水道代の支払い用紙は見つからなかった。

その前は郵便ポストに手を突っ込んで中の物を全て出した。

その前はコンビニでチョレギサラダとおにぎりと枝豆とゆで卵と金麦を買って9月分の電気代を払った。水道代も払いたかったのに、用紙の期限が切れていて払えなかった。水道が止まると面倒なのでこまめに郵便ポストをチェックする日々が続くと思い、少し憂鬱になった。

その前は電車の中で小説を書いていた。隣に座っている人に読まれたら恥ずかしいなと思って字を小さくして書いていたのだがそんなことを恥ずかしがる自分の小ささのほうが恥ずかしくなってきてすぐに元の大きさに戻した。

その前は渋谷を歩きながらフィルマークスでレビューと呼ぶのもおこがましいほど簡単な感想を書いて、そのまま帰るかどこかのカフェでノマドをするか飲みに行くか迷っていた。

その前はユーロスペースで「動くな、死ね、甦れ!」を見た。たまにどれが主役の男の子なのかわからなくなって混乱したが、出てくる子役たちのどつき方がどれも一級品で、それだけでも見た価値があったな、と思った。

その前はユーロスペースになかなかたどり着けずに道玄坂付近のラブホ街をさまよっていた。「渋谷のユーロスペースと下北のビレバンには何回行ってもなぜだかたどり着けない」とツイートするか迷って、自分が出来ないことを世間に発信するの恥ずかしすぎるということに気付いてやめた。

その前は電車の中で小説を書いた。津村記久子みたいに書こうと試みていたのだけど、ただの津村記久子崩れというか津村記久子?みたいな仕上がりになる気がした。それでも基本的には楽しくて仕方がなかった。筆が乗らない時は電車の中で書くのがいいかもしれないと思った。具体的には山手線をぐるぐる回りながら書くとか、そういう感じ。

その前はノロノロ化粧をした。最近新しい化粧品を買っていないので、化粧に対するモチベーションがゼロに等しい。フルで化粧をするのはちょっといいと思う男の子と出かける時か、飲み会等写真を撮られる可能性がある時だけだし、しかも今現在ちょっといいと思う男の子が存在しない。早急に新しい化粧品を買わないといけないと感じたが、現在の財政状況ではもうそろそろ無くなりかけているRMKの下地を買い足すのが限界だと思う。

その前はシャワーを浴びた。

その前は目玉焼きをのせたトーストをかじりながらフィービー・ウォーラー=ブリッジのクラッシングの1〜5話を見た。アンソニー役の俳優がすげえタイプだったのでたまんないと思った。調べたらダミアン・モロニーというちょっと下ネタっぽい名前だったので嬉しかった。アイルランド出身らしい。そういえば高校生ぐらいの時にウェールズ出身の俳優にお熱だったのだが、名前を忘れてしまって悔しい。

その前は目を覚まして携帯で時刻を確認すると9時だったので、起きた。

 

 

 

あるアマゾン女の失態 1

 

 

 タバコを吸い終える時、もう消そうと思っているのに、どうしてもあと一口余分に吸ってしまう。もう既に満足して消そうといるはずなのに、いざ行動に移そうとするとなんだか名残惜しくなってしまうのだ。深川くんとの関係を終わらせようとする時もそうだ。もうこんな関係になんのメリットもない、もう連絡するのはよそう、と痛いほどに思いつつ、一方で彼の生ぬるい体温がどうしても恋しくなって、ついつい彼に連絡してしまうのだ。

 

 深川くんと私は、もともと高校時代のクラスメイトだ。しかし、本格的に仲良くなったのはごく最近で、つい半年ほど前のことである。彼は高校時代、良いように言えばイケている、悪いように言えば頭の足りない生徒たちとつるんでいた。私はといえば、クラスメイトと口を聞くことにはそこまで不自由はしなかったものの、友人と呼べるのは柳井くらいのものだった。卒業からおよそ5年後、私はその柳井を通して深川くんと出会った。

 柳井は高校時代から腐女子界のカリスマとして校内に君臨していた。とはいっても、彼女は男性同士のまぐわいに限って興味を持っていた訳ではなく、広く全般的な性行為に対して人並み外れた好奇心を持ち合わせていた。そのため、高校時代には彼女の地味なルックスに反したその性知識の豊富さやその創作物(彼女は漫画、小説、男色、百合問わず、なんでも書けた)の素晴らしさに感動した信者が多く集まっていた。さらにその信者たちはほぼ全員腐女子だったことから、柳井自身も純粋な腐女子であると多くの生徒から思い込まれていた。しかし当の本人である柳井は、処女を早く捨てたい一心で敬虔なカトリック系女子校の中等部からわざわざ外部受験をしてうちの公立共学高校に入学したというほどの強者であり、他人の性交渉に関してはベラベラ喋るくせに自身の性交渉に関してはなぜか保守的な柳井の信者たちとは一線を画していた。そのため、彼女は常に処女膜を破ってくれる相手を探していたのだが、同級生の男子はみな後ろの穴の安全を危惧して柳井と付き合うことを避けた。そうして私と柳井は処女のまま高校を卒業した。

 柳井は地元である大阪の大学へ、私は東京の大学へとそれぞれ進学し、徐々に疎遠になっていたのだが、大学4年の冬前、就職先が決まってだらだらと卒論に取り組んでいた時期に柳井から突然連絡が来た。柳井が上京して就職する旨や、その就職先がソープランドである旨を伝えられ、はじめは人並みに驚いてみたりもしたものの、高校時代の彼女の度を超えた言動の数々を知っていた私としては、落ち着くところに落ち着いたな、という所感を持った。それ以来私と柳井は、一緒に物件の内見をしたり、時には共に街コンに繰り出して男漁りをするようになった。

 私が就職したのは大手IT企業の下請け会社で、給料はそこそこであるが、繁忙期を除いては基本的に定時で退社できる、私のようなお気楽OLにはうってつけの会社だった。にも関わらず、同期として入社した8人のうち3人は5月のゴールデンウィーク明けに会社を辞めていた。ちょうどその時期のある日、柳井から深川くんと飲んでるから新宿まで出ておいでよ、という連絡が入った。その日は金曜で、例のごとく17時に退社した私はスーパーで夕飯の食材を調達しているところだったので一度は断った。しかし、家に帰ってキッチンでビールを飲みつつガパオライスを作り始めた途端、深川くんがどんな顔をしていたのか猛烈に気になり始め、完成したガパオライスを皿に盛る頃には新宿に行って深川くんの顔を確かめたい衝動に駆られていた。そうして結局、私は綺麗に盛った皿にラップをかけて、柳井に今から新宿に向かうと連絡をした。

 私が合流したころには、深川くんは既に潰れており、机に突っ伏して眠っていた。柳井はざるである上に飲むペースもかなり早いので、それについていこうとすると多くの人は1時間で潰れてしまうのだ。深川くんに一応挨拶はしたものの、ほぼほぼ昏睡状態だったので、どんな顔をしていたのか確かめるのは諦めて柳井と私の処女膜についての話をした。柳井が大学一年生の新歓コンパでやけに酒を勧めてくる男の先輩を相手に処女を喪失したのに対し、私はサークルにも入らずにぼんやりと4年間のキャンパスライフを過ごしてしまったせいなのか、未だに男性経験がゼロだった。20歳を過ぎた頃、さすがに焦り始めたのだが、今更サークルに入って私の処女膜を破ってくれるような先輩を探すほど能動的にもなれず、ずるずると処女を引きずってしまった。柳井はそんな私をどこか神聖視している部分があり、やたらとその話をしたがるのだ。

 深川くんが目を覚ましたのは、いっその事女性向けの風俗にでも行ってしまおうかと言って柳井に止められている時だった。彼は割と端正な顔立ちをしているのに、突っ伏して寝ていたせいでおでこのあたりに袖口の痕がくっきりと付いているし、半目だし、はっきり言って間抜けだった。しかし、高校時代の軟派な雰囲気もしっかりと残っており、私は念願叶って高校時代の彼の姿をありありと思い出すことができた。深川くんは氷が溶けてもはやアルコール分が含まれているのか怪しい焼酎のロックを口に含み、私に久しぶりと声を掛けた。久しぶり、と言われても高校時代に彼と話した記憶が無いに等しい私としては、初めましての方が適切な気がしたのだが、久しぶりと返した。深川くんが高校卒業後すぐに上京し、名のある写真家の元でアシスタントとして修行しているのは到着してすぐに柳井から聞いていた。柳井は興奮気味に自分の宣伝写真を撮ってもらおうかなどと言っていたのだが、目元に線を引いてインターネット上にばら撒くようなものをプロにお願いするなんて失礼だからやめておけと助言しておいた。柳井が改めて宣伝写真の話を深川くんにしようとし始めたので、私は急いで「最近はやっぱりフィルムですか、フィルムレコンキスタですか」などと話しかけた。すると深川くんはレコンキスタってなんやねん、溝口って相変わらず面白いな、と笑ってフィルム写真の流行について話し始めた。正直写真のことについて明るいわけではないが、適当に相槌を打ちながらマイブリッジの連続写真で馬は飛んでいなかったが実際0.000001秒くらいは飛んでいる気がしてならない、などと言うと、俺おまえみたいな女の子初めて会ったわ、と言われた。

 私はこの手の言葉をよく男性から言われる。初めて言われたのは高校2年生の時で、相手は私のクラスで音楽を受け持っていた非常勤講師だ。その非常勤講師は20代中半の男性で、やたらとビートルズの話をしたがり、学校の非常階段で生徒や他の教師に隠れてタバコを吸っていた。なぜ私がそれを知っているのかというと、柳井が学校を休んだ日に私は必ずその非常階段で昼食を摂っており、幸か不幸かタバコをくわえた男性講師と鉢合わせしたのだ。その講師は甘えたような口調で私に口止めをし、持っていたガムをくれた。私は特に言いふらす予定も相手もなかったのでおとなしくガムを受け取り、少し離れた階段に腰掛けて弁当の風呂敷包みを開いた。すると男性講師は驚くべきことに学校の敷地内でタバコを吸う理由(主に学校という組織への反抗心からくるものらしい)について滔々と語り始めた。それならもっとわかりやすい所で吸って組織の構造に一石を投じてみれば良いものを、と思いつつ、私はその演説を聞くともなく聞いていた。そして、演説を終えた男性講師は、なぜか私がそれに全面的に同意したものと受け取ったらしく、痛く感動し、例の言葉を吐いたのだった。「君みたいな女の子、初めて会ったよ」と。それ以来私はわかりやすくその講師から贔屓されるようになり、その年の成績表では好きでも得意でも意欲的でもなかった音楽の成績欄に5と記されていた。

 それ以来、大学時代のバイト先や、学生課の就職担当者など主に年上の男性を中心に様々な男性からこう言われることが増えていった。「君みたいな女の子は初めてだ」と。しかし、残念なことにそう言ってくる男性は必ずと言って良いほど私を性的対象として見ていない。よくよく考えると当然の話ではあるのだ。目の前に生姜焼き定食とアマゾンの秘境で捕獲された新種の魚の塩焼きがあれば、アマゾンに興味を惹かれることは間違いないが、食欲をそそるのは圧倒的に生姜焼き定食である。ごくたまにアマゾンに手を出そうとする好き者もいるだろうが、アマゾンにだって意地やプライドがあるのでちょっと味見してみたい、くらいの人物に自分の体を安売りはできないのだ。

 

 しかし、アマゾンは翌朝気がつくと深川くんという得体の知れないナンパな男に味見を許してしまっていた。それも、記憶が綺麗さっぱり消えていたら良いものの、割合はっきりと事に至った成り行きを覚えていたのだ。目を覚ました当初、深川くんはベランダで洗濯物を干していたのだが、私が起きていることに気づくと、小走りでベッドにやってきて私の身体中にキスを落としていった。私は黙ってキスを受け入れつつ、変な意地を張って自分が処女であることを頑なに隠していた8時間ほど前の自分を呪っていた。キスの嵐が足先まで到達し、残りの洗濯物を干すべくベランダに戻っていった深川くんを無言で見送ると、出て行けと言われればいつでも出て行けるよう簡単に身支度をして床に正座した。洗濯物を干し終えて部屋に戻ってきた深川くんは、そんな私の様子を見てゲラゲラと笑った。

「まあ、確かに気まずいし居心地悪いよな。ごめんごめん、なんか俺も今日セックスするとは思ってなくてさ」

そう言ってクスクスと笑っている深川くんを見ると、昨夜の自身の痴態が否が応でも思い起こされ、こんな事になるならもっと早く女性向け風俗に行くべきだったと深く悔やんだ。私はなるべく後悔を悟られぬよう、努めて丁重に一宿の礼とそろそろ退散しようと思っている旨を伝えたのだが、深川くんはえーっと不服そうな声を漏らしながら正座を継続している私の横に滑り込み、肩に手を回した。まさか朝にも一発くらいは発射させてから帰るのが世間一般的なルールなのだろうか、などと不安に思っていると、深川くんは私の肩を撫でながら天気もいいし有楽町に映画でも見に行こうよと言った。天気がいいのならもっと他に選択肢があるだろうにとは思ったが、肩から伝わる深川くんの心地よい体温に心が傾きつつあった私は不用意にもその提案に乗ってしまったのだった。

 

 

(つづく!)

 

10月11日

 

 

朝はイシラムの授業に行った。あと一度でも休むと単位を落とすと言われているため、這ってでも行かなければならないのだ。

中国語の授業は楽しい。イシラムに中国語を少し勉強したことがある人として認識されているためなのか、たまにガチの中国語でベラベラと話し掛けてこられて、それに適当に相槌を打っている瞬間が特に楽しい。そういえば、イシラムは他の生徒がわりと意味わかんない発音をしても、適当に「発音が良かったですね」とか褒めるくせに、わたしが何をどう読んでも褒めなくて、いつも歯痒い思いをしていたのだが、今日初めて褒められた。なんなんだよイシラム。ツンデレなのかよ。それとも今までのわたしの発音があまりに壊滅的だったのか。

 

そういえばこの間見た夢がサイコーだった。

なんらかの音楽イベントに岡江久美子と一緒にフードブースを出店する、といった内容の夢だったのだが、わりと山あり谷ありだった。

前日に仕込んでおいたマッサマンカレーベースおよびベーコンが入ったトマトクリームソースが手違いで演者の黒人に食べ尽くされてしまったのだ。わたしは心の汚い人間なので、カレーベースが入っていた鍋が空っぽになり、トマトクリームソースが残り1/5ほどしか残っていない光景を見た(夢だけど)瞬間はその音楽イベントに出るなんらかのバンドのグルーピー(楽屋にいた)の仕業だと思った。しかし、今冷静に考えてみると、仕込んだものたちを黒人たちの宿泊部屋に置いていたので、普通に考えて食べていいものだと思われたのだろう。反省している。でもあのグルーピーの女たちは純粋に態度が悪かったし嫌いだ。

まあ、そんなこんなでこのままではフードブースが出店できないので岡江久美子とわたしは取り急ぎ新しいメニューを考え始めた。わざわざ新メニューを考えなくても元々やるつもりだったメニューの仕込みを急いでやればいい話だったのだけど。何はともあれ、岡江久美子がありえない速度で新メニュー(塩ラーメンとたこ焼きと、あと3つぐらいあったのだけど思い出せない)を考え、試作を作ったのでわたしは盛り付けとかにいろいろとうるさく口出ししたり粉末タイプのかつお節を塩ラーメンにかけてみたりしていた。すると、例のムカつくグルーピーの一人がやってきて、ムカつく態度でメニューを早く出せ、印刷が遅れるだろ、的な感じで煽ってきたのだが、言ってることはごもっともなので急いでメニューを書いて渡した。

開店間際になって、岡江久美子が試作を全部やってくれたので自分は一切メニューを作れないということに気がつき、急いで岡江久美子を探した。すると岡江久美子は道端の10人乗りハイエースの近くで何かしらの関係者と話をしていた。岡江久美子がいる場所にたどり着くには横断歩道を渡らなければならないのだが、信号はずっと赤のままである。迫る開店時間。焦ったわたしは「オカクミちゃーん、たこ焼きって何で焼いたのー?」と叫んだ。すると岡江久美子は「あの、半球になってるバットみたいなやつを2個使って挟んだよ〜〜」と教えてくれた。わけのわからないたこ焼きの作り方である。しかし、岡江久美子たこ焼きのつくり方を教えてくれている際、「今わたし岡江久美子のことをオカクミちゃんって読んだけど、岡江久美子のことオカクミって呼んでる人いないし自分自身呼んだことないのになんで今オカクミちゃんって呼んだんだろう…てか岡江久美子?え?なんで?」などと考え始めており、次の瞬間には目が覚めた。

起きると友達が隣で寝ていて、ものすごい勢いで現実に引き戻された。岡江久美子と築いた友情もあのムカつくグルーピーも全部夢だったのだと思って、さみしい気分になりながら学校へ行った。

 

小さい頃にみた骸骨の話と同等くらいにいい雰囲気の夢だった。骸骨の話はまた今度眠くない時にしようと思う。