にっき

メイゲツタカハシの日常

1月21日

 

 

朝、一瞬バイトを休もうか悩んだけどまあ行くかと思って5分遅刻して新宿に行った。

 

バイト中は、仲良しの女の子と、ずっと嫌いだったけど昨日話してみたら意外と嫌いじゃなかった人と3人で作業してた。昨日休憩中に話してみたら意外と嫌いじゃなかった人は、やっぱり嫌だった。でも、もう嫌いではないと思う。悪い人じゃないけど言い方がやだ。いつかもう少し仲良くなったら指摘しようと思う。仲良しの女の子は、可愛くて素直で一生嫌いになることなんかないとあらためて思った。

 

あと、比較的仲良しめな男の子が「今日俺デートなの」って嬉しそうにしてて、微笑ましかった。その子は初めて会った時に「僕はチェックシャツにパーカーを羽織ってジーンズを履いているような質素な女の子が好きだ!」と力説していて、チェックシャツにパーカーを羽織ってジーンズを履いている女の子が質素なのかと言われるとそこは微妙なんだけど、なんかそこそこイケメンのくせになんでこんなに素直じゃない子に育ってしまったんだろう、と思って以来仲良し認定している。わたしには兄弟がいないのでなんとも言えないけど、弟がいたらこんな感じなのかなって勝手に思っている。本当に勝手に思ってるからそれを本人に伝えたらキモいと思われそうだし絶対に言わないけど。

 

午後2時半に休憩に入ると、年末の懇親会で仲良くなった25歳だけど18歳ぐらいに見える同僚の女の人が泣いてた。夜の仕込みが終わらないのに4時には上がらないといけないのが申し訳ないと言って声を詰まらせていて、なんだかすごくこの人を助けてあげないといけないと思って、頑張って「今日は人数少ないし仕方がないですよ」とか「〇〇さんがそんな背追い込む必要はないですよ」とか言ってたけど、あんまり入ってなかった感があった。多分楽天的で無責任なわたしにはそうやって自分を追い込んだ経験がないから、言葉に深みがなかったんだと思う。でも、帰り際にはけろっとしていたので多分一時的にパニックになっちゃっただけなんだと思う。でもそういう時ってパニックになった主な原因以外にもたくさん抱え込んでたり不満があったりするかもしれないから辞めてしまわないかが心配。辞めてほしくないなあ。

 

それでなんとなく作業して16時にバイトを終えて皮膚科に行った。適当に選んだ割に気に入ってる皮膚科なんだけど、泌尿器科が併設されてて、今日は全体の70%ぐらいが泌尿器科患者だったと思う。わたしのちょっと後ぐらいに泌尿器科患者と思われるおじいさんとヘルパーさんが来て、その二人がなかなかの音量で話していた。そのおじいさんはおそらく認知症が入っていて、しきりに誰かが迎えに来るのかとか、早くどこかに行かないと、とか言ってた。

それを聞いていて、地元にいる認知症の祖母を思い出した。母方の祖母はわたしが物心ついた時にはもう認知症が始まっていて、中学生になった時ぐらいにはわたしのことが誰かもわからなくなっていた。たまに祖父母の話になった時に「祖母は認知症でもう私のことが誰かなんてわからないし、まともに会話することもできない」と言うとなんとも言えないバツの悪いような神妙なような顔をされるのだけど、祖母がわたしのことを誰かわからなくなった時、特に悲しいとかそういう感情は湧かなかった。おそらく、いつかそうなることがわかりきっていたからなんだと思う。だからそのことで泣いたりはしなかった。 でも、この間実家に帰って、老人ホームに入っている祖母の顔を見に行った時、母親が「なつきも20歳になったんやで」と祖母に語りかけた途端、ボロボロと泣いてしまった。その後すぐ母親が気を利かしてくれたのか席を外して、そうなると軽く嗚咽するくらい泣いてしまった。なぜ泣いたのか詳しくはわからない。でも、祖母と会話をすることもできなくなりつつある状況が悲しいとかそういったことではなかったと思う。それについてはきっとわたしなんかより母の方が悲しいに違いない。にもかかわらず泣いてしまったのは、まだわたしのことを孫だと認識できていた時のことが懐かしかったから、という気がする。あの頃と現在を比べて、あまりにも遠く離れてしまったことが恐ろしくなったような気もする。

ボロボロと泣いているわたしを、祖母は困ったような笑顔でみて何か言っていた。

 

そんなこんなで、総括するとちょっとセンチメンタルな1日だった。あと、将来何があっても泌尿器科には通いたくないなと思う。

 

まあそんなこんなで、日記でも書くかなっていう試みを深夜に思いついて半年ぐらい前に作ったまま放置していたはてなブログに書いてみたわけです。さ、寝よ